12-3 より善良であること(古人の遺訓)に対する信仰--私は再び生き始めた

いつ、いかにして この大転換が私の内部で生じたかを、
私は 語ることは出来ないであろう。

いつとはなしに、徐々に、私の内部で 生の力が滅んで行き、

早や生きては行けぬ境地に、

生活の停頓(ていとん=ゆきづまってはかどらない)状態に、


自殺を願う心境に陥(おちい)った、

ちょうどそんな風に、徐々に、いつのまにか、

生の力が 私に帰って来たのである。

しかも 不思議なことに、

私に帰って来た生の力は、新しい力でなく、

一番古い---私の生涯の最初の時期に 私を惹きつけた力だったのである。



私は 全(すべ)てにおいて 
最も初期の、幼年時代や青年時代にかえったのだった。

私は 私を創造し、
そして 何かを私に求めているその意思に対する信仰にかえった。

私は 私の生涯の、重要かつ唯一の目的は、

より 善良であるということ、

つまり その意思と調和しつつ生きる ということだという信仰にかえった。

私は その意思の表現を、

私にはさだかなる太古において、
全人類が己(おの)れの指導原理として作り出したものの中に見出しうる
という信仰、即(すなわ)ち 

神に対する、
道徳的完成に対する、
また生の意味を伝える 古人の遺訓(いくん=故人の残した教え)に対する
信仰にかえったのである。

ただ その間の相違は、

以前には 無意識に受け容れられたものが、

今では私は、
それなくしては生きて行くことが不可能であることを知った ということだった。



私には いわば 次のようなことが起きた。

いつか知らぬ間に 私は小舟に乗せられ、

どこかの見知らぬ岸から突きはなされ、

対岸の方向を示して、慣れない手の中に櫂(かい)を持たされ、

ひとりぼっちにされたのである。

私は 出来る限り 櫂を動かして進んだ。

然(しか)し だんだん中流に漕ぎ進むにつれ、

流れはますます速くなって、

私を目的地でない方へ押し流し、

そしてまた、私のように流れに押し流される舟人(ふなびと)達の姿も

ますます頻繁(ひんぱん)に 眼につくようになった。

まだ漕ぎつづけている ひとりぼっちの舟人達もいた。

人々がいっぱい乗っている大きな舟、巨大な汽船もあった。

或る者は 流れに抗し、或る者は それに身を委ねていた。

そして私は 漕ぎ進むにつれ、

全ての舟人達の群列に沿って 下流を眺めながら、

ますます自分に指示された方向を 忘れてしまった。

その群列の真っただ中、

舟や汽船が ひしめき合って 下流に押し流されている中で、

私はもうすっかり方向を見失い、櫂を棄ててしまった。

私の周囲いっぱいに、

帆や櫂をそなえた舟人達が、楽しそうに、はしゃぎ声をあげながら、

下流に向って流れて行き、

これ以外の方向なんか ありはしないと私にも説き、

お互い同士も 頷(うなず)き合っていた。

そして私も 彼らの言葉を信じ、

一緒に流れて行ったのである。

そして 私は 遙(はる)か下流まで、

それにぶつかれば 私も舟もめちゃめちゃになるに違いない岩礁(がんしょう)が
早瀬に唸(うな)っている声がきこえる所まで流れて行き、

またその岩礁に乗り上げて 破滅した小舟達を見た。

その時やっと私は 我にかえったのである。



永いこと 私は、我が身に起きたことの道理が分らなかった。

私には 眼前に、私がそれに向って突進し、しかも

それを恐れているところの滅亡だけが見え、

どこにも救いはなく、

どうしたらいいか 手の施(ほどこ)しようがない といった有様(ありさま)だった。

然し 後ろをふりかえって見て、

私は 無数の小舟が 絶えず執拗(しつよう)に、流れに抗して漕いでいるのを見て、

岸のことを、櫂のことを、示された方向のことを思い出し、

反対の方向に、流れに抗して、

岸の方へ 漕ぎ出ようとし始めたのだった。



岸辺---これは神であり、

その方向---は先人の遺訓であり、

櫂---これは私に与えられた、岸に漕ぎつける自由---つまり
神と合体する自由だった。

こうして 生の力が私の中に蘇(よみが)えり、

私は再び生き始めたのである。