Showing posts with label 7章. Show all posts
Showing posts with label 7章. Show all posts

7-1 ソロモンの快楽主義

学問の中に説明が見つからなかったので、

私はその説明を人々の生活の中に探し始めた。

それが私の周囲に暮す人々の中に見当るのではなかろうか と思ったのである。

私は自分と同種の人々を、彼らが私の周囲でどんな暮し方をしているか、
私を絶望に導いたその問題を どう扱っているかを観察し始めた。

☆

そこで私が教養とか生活形態の点で 
私と同じ状態にいる人達の間に見出したものというのは次のことである。

私は 我々仲間の人達にとっては、
我々みんなが置かれている恐ろしい境遇からの脱路が四つあることを発見した。

☆

第一の脱路は 無知のそれである。

それは 人生が悪であり無意味であることを、知りもせず理解もしないことの中に存する。

この種の人々-- 大部分女性あるいは大変若い、または大変愚鈍な人達--は
まだショーペンハウエルやソロモンや仏陀が直面した人生問題を理解していなかった。

彼らは 竜も見ず、
自分がつかまっている灌木を齧る鼠も見ないで、蜜の滴を嘗めている。

然し彼らがその蜜の滴を嘗めるのも、ただ 束の間にすぎない。

何かが彼らの注意を竜や鼠に向けさせるや、
もう 蜜を嘗めるのはおしまいである。

私には 彼らに学ぶべきものは何もない。

知っていることを知らないようになる訳には行かないからである。

☆

第二の脱路は--快楽主義のそれである。

それは 人生の絶望性を知りながら、さしあたってすぐ眼の前の幸福を味わうこと、

竜も鼠も見ないで、 なるべくうまく 蜜を嘗めること、

ことに蜜がうんとたまった時は そうする事の中にある。

ソロモンは この脱路を次のように言い表わした。

《茲(ここ)において我は 快楽を讃美す。
そは飲食して楽しむにまさること日の下にあらざればなり。
人の労して得る物のうち、
これこそはその日の下にて神に賜(たまわ)る生命(いのち)の日の間、
その身を離れざる物ぞかし....
汝(なんじ)行きて歓喜(よろこび)をもって汝の麺麭(パン)を食し、
楽しき心もて汝の酒を飲め、

日の下に汝が賜わるこの汝の空(くう)なる生命(いのち)の日の間、
汝その愛する妻共に喜びて暮せ。汝の空なる生命の日の間、
斯(か)くてあれよ。是(これ)は汝が世にありて受くる分にして、
汝が日の下に働ける労苦によりて得るものとなればなり。
凡(すべ)て汝の手の堪(こた)うる事は、力をつくしてこれを為せ。
蓋し(けだし=思うに)、汝の赴(おもむ)く陰府(よみのくに)には、
労働も思索も、知識も智慧もあらざればなり。》

☆

かくて我々仲間の人々の大部分が、自分の中に生の可能性を保持して行く。

彼らが置かれている境遇は、
彼らに禍(わざわい)よりもより多く福を与えるように出来ているし、

またうまい具合に彼らの精神的な魯鈍(ろどん=愚鈍)さが彼らに、

彼らの境遇の有利さは 偶然にすぎないこと、
誰でもがソロモンのように 千人の妻や宮殿を持つわけに行かないこと、
千人の妻を持つ男一人に対して 妻を持たぬ男が千人いること、
ひとつひとつの宮殿に対して 汗しながらそれを建てる千人の人間がいること、
そして今日 私をソロモン王のような境遇においた偶然が、
明日はまた 私をソロモンの奴隷にするかもしれないことなどを
忘れさせている始末である。

これらの人々の想像力の鈍さは 彼らに、

仏陀に安き心を与えなかったところのもの、病・老・死の避け難さ、
今日、でないなら明日にも 
あらゆるこれらの逸楽(いつらく=気ままに遊び楽しむこと)を
破壊し去るところのものを 忘れさせているのだ。

☆

我々と同時代の、生活様式が同じ人々の大部分が
こんな風に考え また感じている。

これらの人人のうちのある者が、
彼らの思想と想像力の魯鈍さを、
実証主義という名の哲学であるなどと強弁しても、

私の眼には 彼らも、問題に眼を瞑(つむ)るために、

蜜を嘗める手合いと なんら区別はないのだ。

私は 彼らに従うわけには行かなかった。

彼らの如(ごと)き想像力の貧困を持ち合わせぬ私は、

人工的にそれを自分の中につくり上げることは出来なかった。

私もあらゆる生きた人間並みに 一度 鼠や竜を見てしまうと、

どうしても それから眼を離すことが出来なかったのである。

参照: 鼠と竜 蜜 4-2 馬鹿みたいにぼんやりと頂点に立っている

7-2 自殺しなかった原因

第三の脱路は 力とエネルギーのそれである。

それは 生が悪でありナンセンスであることを知って、

それを絶滅させることの中にある。

力強い、首尾一貫した性格の人々が 稀(まれ)にそうした行為に出る。

我々の上に仕組まれたメロドラマの馬鹿々々しさが すっかり分り、

彼らはそうした行為に出て、一挙に愚劣な芝居を しまいにする。

幸い 手段は色々ある。

首にはめるロープの輪差(わさ=ひもを結んで輪にしたもの)、水、
胸に突き立てるナイフ、線路を走る列車、等々である。

実際 我々仲間の人達で、こうした行為に出る者が絶えず増大している現状である。

しかも そうした行為に出る人達は、

多くの場合 人生の最もよき時代、精神力がまさに満開の、
人間の理性を貶(おとし)める俗習が あまり身にしまぬ時代においてである。

私は これが最も品位ある脱路であると思い、そういう風にやりたいと思った。

☆

第四の脱路は 優柔不断のそれである。

それは 人生の悪と無意味さを悟っていて、

所詮 なんにも始まらぬと前もって分っていながら、

やはり荏苒(じんぜん=歳月が移り行くままに、何もしないで)日を送ることの中にある。

この種の人達は 死が生よりましであることを知っていながら、

それでもさっさと欺瞞と裾(すそ)を分って自殺するという、
筋の通った行為に出る力がなく、
何か物待ち顔に生きて行く。

これが 優柔不断の脱路である。

というのは、もし私が よりましなものを知っていれば、

そしてそれが私の手にとどくとすれば、

どうしてそれに身を委ねないのか?

--- 私はこうした種類のうちの一人だった。

☆

こういう風に 我々仲間の人達は、
四つのやり方で 恐るべき矛盾から身をのがれている。

どんなに自分の精神的注意力をはりつめても、

この四つの脱路以外には 私は何も見ることが出来なかった。

☆

一つの脱路は、

生が無意味であり空であり悪であり、
寧(むし)ろ 生きない方がましであるということを悟らぬ というやり方である。

私はそれを知らずにいることは出来なかったし、
一度知ったら それに眼を瞑(つむ)ることも出来なかった。

もう一つの脱路は、

未来のことを考えずに、現在あるがままの生を享楽することだった。
これも私にはやれなかった。

私も釈迦牟尼(しゃかむに)のように、
老と苦と死とが厳存(げんそん=確実に存在)することを知った以上、
猟などに出かけたり出来なかった。

そのためには あまりにも私の想像は 生々しすぎた。

それにまた私は、
一瞬 私に享楽を恵んでくれる 束の間の偶然を喜ぶことが出来なかった。

第三の脱路は、

生が悪であり愚劣であることを悟って それを停止する、
つまり 自殺することだった。

私はそれがよくのみ込めたのだが、

なぜだか依然として自殺しなかった。

四番目の脱路は、

ソロモンやショーペンハウエルのような状態で生きること、
つまり、生が愚劣な、私の上に仕組まれたメロドラマであると知りながら、
それでも生きて 顔を洗ったり、着物を着たり、食事をしたり、
しゃべったり、本まで書いたりすることである。

これは 私にとって不快でもあり 苦しくもあったが、

やっぱり こうした状態にとどまっていたのである。

☆

今思えば 私が自殺しなかった原因は、

私におぼろげながら 
自分の思考の誤りを感ずる意識があったことだ ということがわかる。

我々に 生の無意味を認めさせるに至った、私や賢者達の思考の道筋が、

どんなに確実で疑いのないものに見えるにしても、

やはり私には 自分の判断の真実性に対する
おぼろげな疑念が残っていた。

☆

その疑念 というのはこうだった。

私、即(すなわ)ち私の理性が 生の不合理性を認めた。

もしも より高い理性が存在しないなら
(そんなものは存在しないし、その存在を証明し得る何者もない)

この理性が 私にとっての生の創造者である。

理性がなければ、私にとって生もまた無いであろう。

自分自身が 生の創造者でありながら、

この理性はどうして生を否定するのであるか?

あるいは他面から言えば、

もしも生がなければ 私の理性もないであろう。

つまり 理性は生の子供である。

生こそ全(すべ)てである。

理性は 生の果実であるのに、

その理性が 生そのものを否定する。

どうもそこのところが少しおかしい、と私は感じたのだった。

7-3 どこかで私は間違った

生は無意味な悪である ということは疑う余地がない--と私は自分に言った。

それでも 私は生きて来たし、今も生きている。

そして全人類もまた生きて来たし、生きつつある。

一体どうした訳であろうか?

生きることが止められるのに、どうして人類は生きて行くのだろう?

私一人が ショーペンハウエルのように賢くて、
生の無意味と悪とを悟った とでもいうのか?

☆

人生の空しさについての判断は 別にそうややこしい事でもなく、

昔から最も素朴な人達すらやって来たことだが、

それでも彼らは生きて来たし、生きている。

どうしてまた彼らは みんなひたすら生き、

生の合理性を いささかも疑おうとしないのだろうか?

☆

賢者達の智慧によって裏付けされた私の知識は、
私に世界の万物--有機物も無機物も--はみんなすごく巧妙に出来ているのだが、
ただ 私のいる立場だけが愚劣だということを示した。

ところがこれらの愚者達--莫大な数の一般大衆--は、
世界における有機物や無機物が どんな具合に構成されているかなど
何も知らないけれど、やっぱり生きており、
そして彼らの生が 大変合理的に出来上っているように思っているのだ。

☆

そこで 次のような考えが頭に浮かぶ。

--どうも私は まだ何か知り損ねているのではないか?

無知という奴は、まさに こういう ていたらくなのだ。

無知というものは、いつもそういう言い方をする。

自分が何か知らないものがあれば、
無知はその自分の知らないもののことを愚劣だなどと言う。

実際の話が次のようになる。

つまり、全体としての人類は これ迄生きて来たし、また生きつつあるのだが、
どうも自分の生の意義を理解しているふしがある。
なぜなら それを理解しないでは これまで生きて来れなかったろうから。

ところが私は、こんな生は みんなナンセンスであって、
生きてなんか行けないというのだ。

☆

誰も我々に、自殺によって生を否定することを邪魔立てしない。

自殺をすれば--くどくど考えなくともいい。

生きていて生の意味が理解出来ないなら、それを絶てばいいので、

自分が生を理解出来ないということをしゃべったり書いたりして、

この世にうろうろするのは よしたがいい。

お前は 愉快な仲間の所へやって来る。

その人達は みんな大変楽しくやっていて、

自分で自分のやることは ちゃんと分っている。

ところがお前には それが退屈で不快だというのなら、
その場から 立ち去ればいいのだ。

☆

実際のところ、自殺の不可避性を確信していながら、

それを果す決心もつかぬ我々は、最も優柔な、支離滅裂な、

あっさり言えば、馬鹿が絵に描いた袋を持ち歩くように

自分の愚劣さを抱えまわる愚人でなくて 何であろう。

☆

我々の賢さは、それがどんなに疑う余地のないものでも、

我々の生の意味についての認識を 我々に与えなかったではないか。

ところが 現に生を続けつつある全人類、幾百万の人間は、

生の意味について 疑おうとしないのだ。

☆

実際また、私がそれについて 若干知るところのある、人間の生活というものが

凡(およ)そ存在した遙(はる)かな遙かな往昔(おうせき=遠い昔)以来、

人々は私に 生の無意味さを示したところの
生の空しさに関する判断を知りながら生きて来たので、、
それでもやっぱり 何かの意味を生に附与して来たのだ。

☆

およそ何らかの人間の生が始まって以来、

彼らには この生の意味が存在した。

そしてその生を続けて、この私の生きる現在にまで至っているのだ。

私の中に また私の周囲にあるものは全て、
--肉体的なものも非肉体的なものも何もかも--彼らの人生の智慧の所産である。

私がそれでもって生を考察し また譴責(けんせき=厳しくとがめる)するところの
思索の手段そのものが、みんな私でなく 彼らによってつくられたものなのだ。

私自身が 彼らのおかげで生れ、育まれ、成長してきたのだ。

彼らは鉄を採掘し、木材の伐採法を教え、牛馬を飼い馴らし、
種を蒔くことを教え、我々の生活を整えて来た。

彼らは私に考えたり話したりすることを教えた。

而(しか)もその私--彼らの所産であり、彼らに養い育てられ、
彼らによって学ばされ、彼らの思想と言語で思索するこの私--が彼らに、

彼らの生存の無意味さを証明したのだ。

《どうも少し変だ--と私は自分に言うのだった。--とこかで私は間違ったなぁ。》

でも その間違いがどこにあるのか、どうにも私は発見出来なかった。