Showing posts with label 1. Show all posts
Showing posts with label 1. Show all posts

1-3 お祈りをやめた

幼年時代以来、私に吹き込まれた信仰教条は、

ほかの人達の場合と同様に 消え失せたのであるが、

ただその差は、私は15の年から哲学的著作を読み始めたので、
私の信仰離脱は非常に早く、意識的なものとなったということである。

私は 16の年からお祈りをやめたし、

自発的に教会へ行ったり 精進したりするのをやめた。

私は 幼年時代から吹き込まれたものを信じなかったのだけれど、
それでも 何かを信じていた。

何を信じているのか と問われても、どうにも答えられなかったにちがいない。

私は やはり 神を信じていた、
と言わんよりは 神を否定しなかった。

でも どんな神か ということは 答えられなかったであろう。

私は キリスト 及び 彼の考えを否定しなかったのだが、

でも その教えの真髄(しんずい=そのものの本質)は 何か、
ということも やっぱり答えられなかったと思う。

今、当時を思い起こせば、私の信仰-- つまり、動物的本能以外に
私の生活を動かしたところのもの--- 唯一つの真実な私の信仰は、
自己完成への信仰であったことが はっきりわかる。

しかし どんな完成かということ、また その完成の目的は
どんなものかということは 答えられなかったであろう。

私は 知的自己完成に努力した。

--- 学べるだけのこと、そして 生活が私に直面させた事柄について、
何もかもを学んで行った。

私は 自分の意思を完成しようと努力した。

そこで 自分に規律を課して、それに従うよう努めた。

あるいは あらゆる鍛錬(たんれん)でもって 力と業(わざ)の増進を試み、

あらゆる困苦欠乏を通じて 忍耐と我慢を養成しながら、
肉体的完成を試みた。

そして こうしたことをみんな私は 自己完成だと考えたのである。

全ての発端は 勿論 徳性上の自己完成だったのだけれど、

間もなくそれは 一般的自己完成に、
つまり 自分自身あるいは 神の前によくありたい という願いでなく、

他人の前に そうありたい という願いにすり換えられてしまった。

そして更にこの、 他人の前に よりよくありたい という願いは、

たちまちのうちに

他人より 強者になりたい、

つまり、

名声も地位も富も 他人に立ち勝りたい という願いに置きかえられて行ったのである。

1-2 聡明で誠実なSという男

聡明で誠実なSという男が、
どうして信仰をやめたかの経緯(いきさつ)を
私に語ったことがある。

早くも ほぼ26歳の時のことだが、
ある時 彼が猟に出ての野宿のおり、
古い 幼年時代からの習慣で、夜のお祈りを始めた。

一緒に猟に出た兄が、乾草(ほしくさ)の上に寝そべって 彼を眺めていた。

Sがお祈りを終わって 寝仕度(ねじたく)を始めると、
彼の兄は、”お前はまだそんなことをやってるのかい?” と言った。

それから二人は 何も言わなかった。

そして その日以来 彼はお祈りをやめ、教会に行くのをやめてしまった。

こうして、もう30年間もお祈りもしなければ、聖餐も受けず、教会へも行かないのである。

というのは、彼が兄の信念を知って それに同じようにした というよりは、
あるいは 何か心に思い定めた というよりは、
ただもう 兄がふと洩(も)らした言葉が、
自分自身の重みで倒れるばかりになっていた壁を、
ちょっと 指先で突いた といった具合だったのである。

兄の言葉はただ、彼がまだ信仰が存在していると思っていた場所が、

とっくに空巣(あきす)のからになっており、

したがってお祈りの際に彼が呟(つぶや)く言葉や、十字を切ることや、
叩頭(こうとう=頭を地につけて おじぎをすること)などが、
全く無意味な行為である ということを示したにすぎないのである。

それらの行為の無意味さを意識した以上、彼はもう それを実行することは出来なかった。



私は 我々程度の教養人種で、自分自身に誠実である人々について言っているので、
その信仰の対象を、何か世俗的目的達成の手段にしている人達についてではない。

(世俗的目的達成の手段にしている人達
---こうした人達こそ、
最も根本的な不信者にほかならぬ。
というのは、信仰というものが彼らにとって、
なんらかの世俗的目的達成の手段だというのなら、
それはもう 信仰などという代物ではないからである。)

これら我々のような人種は、
知識と実生活の火が、みせかけの建造物に燃えついて、
そのため彼らは それに気づいて退去するか、
あるいはまだそのことに気づかない といった状態にあるわけである。


1-1 ハリストス正教の信仰の中に受洗させられ

私は ハリストス正教(=ギリシャ正教)の信仰の中に受洗させられ、また 教育されてきた。

この信仰を 私は幼年時代以来、
そして少年時代青年時代を通じて 教え込まれた。

然(しか)し 私が18歳の年に 大学の二学年から中途退学した時分には、

教え込まれた一切のものを 信じなくなっていたのである。



あれこれの思い出から判断すれば、

私はもともと 一度だって真剣に信じた覚えはなく、

ただ 自分が教え込まれたもの、
おとな達が私に対して信じている風に言うところのものを
信頼していたにすぎなかった。

でも その信頼なるものも、
頗(すこぶ)るつきの あぶなっかしいものであった。



忘れもしないが 私が11歳の頃、

もう とっくに死んで居ないのだが、
当時中学校の生徒だったウォローヂェンカ・Mという1人の少年が、
日曜日に私達の所へやって来て、
近来のホット・ニュースとして、中学校で行われた新発見のことを告げた。

その新発見というのは、
神なんか存在しないし、
神についてとやかく我々にお説教するのは、みんなもうでっち上げにすぎない
ということだった。(それは1838年のことだった)

私は 上の兄達が このニュースに興味を感じて、
私まで討議の仲間によんでくれたのも覚えているし、

そして我々は 大いに活気づいて、このニュースを
なにかこう とても興味深く、さもありなん といった風に取ったことも覚えている。



更にまた、大学在学中だった私の兄 ドミートリィが、突然彼一流の
熱狂的気性から、信仰に身を委(ゆだ)ね、凡(あら)ゆる礼拝に参加し、
斉(ものい)みを守り、貞潔で 高徳な生活を送り始めた時など、

我々みんな、そして おとな達まで、ひっきりなしに彼を笑い草にし、

なぜだか 彼を ノア とあだ名したことを覚えている。

そしてまた、我々を自宅にダンスに呼んでくれた、当時カザン大学の
監督官だったムーシン・プーシュキンが、辞退する兄を、
ダヴィデ王だって 聖櫃(せいひつ)の前で踊ったではないか と、
ひやかし半分に口説いたのも 覚えている。

私は当時 おとな達の こうした冗談に共鳴して、
その事から、教理問答は学ばねばいけないし、教会に行かねばいけないけれど、
そうした事を あまり真剣に取りすぎてもいけない、という結論を引き出したのだった。

それにまた、私はまだ 大変若い頃、ヴォルテールを読んだのだが、
彼の宗教嘲笑が 私を憤激させないどころか、
大いに愉快がらせたことも 忘れない。



私の信仰離脱は、我々グループの人種の中に
過去においても生じたし、また 現在もなお生ずるような過程で生じた。

それは多くの場合 次のようにして生ずるように 私には思われる。

人々は、みんなが生きて行くやり方に見習って 生きて行く。

ところで みんなは、信仰教条と なんら かかわらないばかりか、
大部分 それと対立する生活原理によって生きて行く。

信仰教条は 実生活に参入することはないし、

他人との交渉においても 決してそれに行き当らず、
また自分自身としても、個人的生活において決してそれを参照する必要はない。

信仰教条なるものは、どこかの、実生活と遙(はる)かにかけ離れたところで、

実生活に関係なく 信奉されるといった次第である。

よしまた信仰教条に行き当るとしても、それはただ外的な、
実生活と結びつかない現象としてのみなのである。

☆ 

その人の生活によって、その行為によって、
彼が信者であるかそうでないか
を知ることが全然出来ないのは、
今もその頃も 変わりはしない。


もしまた おおっぴらに正教を信奉するものと、これを否定する者との間に
差異があるとすれば、むしろ 前者の方が いけないくらいである。

今もそうだが その頃も、
正教のおおっぴらな承認と信奉とは、大部分 愚鈍で残酷で、
自分を非常に重要な人物 と考えている人々の間に見出される。

一方 叡智は、廉正(れんせい=心が清く正しいこと)、誠実、
慈憐、高潔といったものは、
大部分 不信仰を標榜する人々の間に見い出されるのである。



種々(しゅじゅ)の学校で 教理問答を教え、生徒達を教会へ行かせる。

官吏達(かんりたち)には、規則的に聖餐(せいさん)を受けている という
証明を要求する。でも 我々仲間の、もう学校へも行かず、
宮仕えもしない人間には、今でも、まして昔はなおのこと、
自分が 基督教徒の世界に住んでいるということ、
また自身 ハリストス正教の信仰を信奉しているということを、10年に一度も
思い浮かべることなしに 生きて行けるというものである。



といった次第で、今も昔も、他を信用して受容され、外的拘束で維持される信仰教条は、
その教条に矛盾する人生の知識と経験の影響の下に 少しずつ消え去って行き、

もうそんなものは とっくに跡かたもなくなっているのに、
幼年時代から吹き込まれた信仰教条が、
今もって自分の中で 無事息災であるかのように錯覚して暮らして行く
といった事態が、非常にしばしば起こるのである。