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14-1 全勤行の三分の二は、 全然説明しようがない

当時私には、生きて行くためには どうでも信仰することが必要だったので、

無意識に 信仰教条の中の、いろんな矛盾や曖昧さに眼を瞑(つむ)っていた。

然(しか)し、儀式に何とか意義をこじつけることにも限度があった。

よしエクテニヤ(註、正教会で行う祈禱(きとう)の一部)の中の

重大な言葉がだんだん私にはっきりしてくるとしても、

よし私が《我等の聖なる生神女マリヤ及びことごとくの諸聖人を記憶し、
我等互に、各々の身を以て、又ことごとくの我等の生命を以て、
ハリストス(=ギリシャ)我が神に託せん》
という言葉をどうにか自分に説明するとしても、

--よし私が 皇帝及びその一族についての祈りの頻繁な繰返しを、
彼らは他の人々に比して より多く誘惑にさらされているから、
より多くの祈りが必要だということで説明するとしても、

また仇(あだ)や敵(かたき)を足下に踏みしだかせ給えという祈りを、
仇とは悪のことだということで説明するとしても、

これらの祈りやその他 たとえばヘルウィムの讃歌(さんか)とか、

全(すべ)ての祈禱奉献の秘儀、あるいは《天軍の師云々》等々、

ほとんど全勤行の三分の二が、

全然説明しようがないか、

またはそれに説明をあてがおうとすれば 嘘をつくことになり、

自分の神との関係を すっかり破壊し、

信仰の可能性が失われるであろうことを感じた。



正教会の主要な祝祭日の祭典においても、私は同様な経験をした。

安息日を記憶すること、即(すなわ)ち

一日を神に想いをひそめることに献(ささ)げることは、私も納得出来た。

でも主要な祝祭日は、

現実性を私が想像も理解出来ないところの復活という出来事を記念する日だった。

そして 週ごとの休日が この復活(=ウォスクレセーニェ)という名で呼ばれている。
註、ウォスクレセーニェはまた 日曜の意あり

そしてこれらの日に、

私にはまるでもう不可解な聖餐(せいさん)の秘儀が取り行われるのだった。



クリスマスを除いた外の12の祝祭日は 全て、

それを否定しないで済むように 私が努めて考えまいとした、

いろんな奇蹟を記念する日だった。

昇天祭、五旬節、主顕節、聖母祭等々がそれだった。

これらの祝祭日の祭典に際し、

私にとっては反対に まるで何でもないような事が、

大変重要視されているのを感じて、

私は自分の心を和らげる説明を いろいろ考えるか、

あるいは 自分の心を乱すものを見ないように 眼をとじるかした。

14-2 洗礼式や聖餐式--あまりにも見え透いたやり方

そうした気持ちが一番強く起きるのは、

最もよく取り行われる秘儀、そして最も重要だとされている秘儀、

洗礼式や 聖餐式(せいさんしき)に参加する時だった。

この場合 私は、もうどうも訳が分らないといったものにぶっつかるというよりも、

あまりにも見え透いたやり方にぶっつかるのだった。

そうしたやり方を見るのが切なく、

私は嘘をつくか、その信仰を放棄するかのジレンマに立たされたのだった。



私は 自分が永年の後、また初めて聖餐式を受けた日に経験した、

あの苦しい気持ちを 永久に忘れないだろう。

祈禱(きとう)、懺悔(ざんげ)、戒律

--- これらはみんな私にのみ込めるし、

私の中に生の意味が啓示されるだろうという喜ばしい意識を喚起(かんき)した。

聖餐式自体も 私は、キリストを偲(しの)ぶ よすが(=手だて)として行われ、

罪汚れからの浄化と、キリストの教えの全面的受容を意味する行為だと自分に説明した。



この説明が不自然なものだったにしろ、

私は その不自然さに 気がつかなかったのである。

私は 懺悔僧の前で、

普通の、おどおどした神父の前で 遜(へりくだ)って、

敬虔(けいけん)に、自分の罪を悔い、

霊の汚れをすっかり吐露(とろ)するのが嬉しくて、

また祈祷書(きとうしょ)を書いた父祖の謙譲(けんじょう)な気持と精神的に合流すること、

すべての過去及び現在の信者達と合一することが嬉しくて、

自分の説明の不自然さを感じなかったのである。

しかし私が至聖所(しせいじょ)の扉口(とびらぐち)に近づいて行って、

神父が私に、

私が今から嚥下(えんか=口の中のものを飲み下すこと)するものは、

本当の肉であり、血であると信ずる旨を繰返えさせた時、

私は 胸に鋭い痛みを覚えた。

それはもう、偽善的な調子などという騒ぎでなく、

---明らかに 信仰とは何かを全然知らぬような、
そうした人から発せられる 残酷な要求だったのだ。

14-3 信仰を放棄するわけには行かず

然(しか)し、今でこそそれが残酷な要求だったとはっきり言えるけれど、

当時は そう考えた訳ではなくて、

--- ただもう 名状(めいじょう=物事の有様を言葉で表現すること)し難い
苦しさを覚えただけだった。

私は既に、若い頃の、人生が何もかも分っているつもりだった、

そんな状態にはいなかった。

私は 信仰なくしては、滅亡の外に なんにも、

間違いなくなんにもない と思ったからこそ 信仰に縋(すが)りついたのだし、

したがって 信仰を放棄する訳には行かず、

それに屈服したのである。

それに私は 自分の心の中に、

この屈辱を堪えしのぶ助けとなる感情を発見した。

それは 謙遜(けんそん)と敬虔(けいけん)の感情だった。

私は敬虔になり、信じようと望みながら、

神聖冒涜的感情なしに その血と肉とを嚥下(えんか=口の中のものを飲み下すこと)したが、

早や傷を負っていたのである。

そして 行く前から、行けばどんな眼に遭うか分っているので、

もう二度と聖餐式(せいさんしき)に行くことは出来なかった。



私は相変わらず きちんと教会の儀式を遵守(じゅんしゅ)し、

私が信奉する教えの中に 真理があると信じつづけた。

そしてやがて、今では私にはっきりしているけれど、

当時は奇妙に思われた事態が 私の身に起きたのだった。



目に一丁字なき農民巡礼の、
(目に一丁字なし=目にいっていじなし=一つの字をも知らない。文盲。)

神について、信仰について、救済についての話をきき、

私に信仰上の教えが説き明された。

民衆と近づき、彼らの人生や信仰に関する考えをきいて、

私は日毎(ひごと)ますます真理を理解して行った。

聖僧伝や 聖人説教集を読む時も同様だった。

これらは私の愛読書になった。

奇蹟物語については、

これは思想を表現するための寓話(ぐうわ)のようなものだと見て除外しても、

とかくこれらの読書が私に 人生の意味を開き示してくれた。

その中には マカーリイ大帝の生涯、イオサフ皇子の生涯(仏陀伝)があり、

また金口(きんこう=立派な言葉)イオアンの言葉、

井戸の中の旅人の話、黄金を見出した修道僧の話、

税吏ピョートルの話などがあった。

そこには、死が生を滅ぼし去るものでないことを

一(いっ)せいに示す殉教者伝があり、また文盲(もんもう)で愚かで、

教会の教えについて何も知らないながら 救済された人の伝記があった。



ところが一方 学問のある信者達と近づいたり、

彼らの書物を手にとるや否や、

何か自分自身への疑惑、不満、議論を吹きかけたい意地悪な気持ちが

私の胸中に湧(わ)き、彼らの言葉を深くさぐればさぐるほど、

自分が真理から遠のき、滅亡に向うことを感ずるのだった。