こうした事を理解するようになったが、
でもそのため 気が軽くなりもしなかった。
☆
私は もしそれが真向(まっこう)から理性を否定することを要求しなければ
(それを要求すれば虚偽に違いない故)
どんな信仰でも受容する気持ちになっていた。
そこで私は 仏教やマホメット教を書物の上で、
何よりも基督教を 書物や、また私を囲む現に生きている人々を通じて研究した。
☆
自(おのずか)ら 私の眼は
我々仲間の信者達に、学識ある人達に、
正教の神学者達に、修道院の長老達に、新傾向の神学者達に、
更には贖罪(しょくざい=神の子キリストが十字架にかかって
犠牲の死を遂げることによって、人類の罪を償(つぐな)い、
救いをもたらしたという教義)を信ずることによって救われるとする
いわゆる新基督教徒たちにすら向けられて行った。
そこで私は これらの信者達をつかまえて、
彼らがどんな信じ方をしていて、
また何に人生の意味を見出しているのかを こまごまとたずねた。
☆
私は 能う(あたう=できる)限りの譲歩をし、
一切論争などしないように努めたにもかかわらず、
彼らの信仰を受け入れる事は 出来なかった。
私には 彼らが 信仰と称するものが、
人生の意味の解明でなく、
寧(むし)ろ 隠蔽(いんぺい)であること、
そしてまた 彼らが自分の信仰を表白(ひょうはく=考えや気持ちなどを、
言葉や文章に表して述べること)するのは、
私を信仰に引き寄せたところの 人生問題に答えんがためでなく、
何か別な、
私と関係のない目的のためであることがわかった。
☆
これらの人達との交渉において、
何度も何度も経験した期待が裏切られた後の、
又ぞろ従前の絶望に逆もどりだという、
あの 堪え難い恐怖の感情を 今でも忘れない。
☆
彼らが私に、自分の信仰をあれこれと、
また こまごまとまくし立てれば立てるほど、
私は 彼らの迷妄(めいもう=道理がわからず、
事実でないことを事実だと思い込むこと)と、
彼らの信仰の中に
人生の意味の解明を見出すという私の期待の空しさを
はっきり見て取るのだった。
☆
彼らが自分の信仰の講釈の中で、
いつも私になじみ深かった基督教の真理の中に、
外(ほか)の色々の不必要で不合理な事柄を混入させたというのでなく、
--その事が私を反撥(はんぱつ)させたというのでなく、
これらの人々の生活が 私とまるで同じで、
ただその相違というのが、
彼らの生活が 彼らが自分の信仰講釈の中で述べる原理その物と
矛盾しているということにあるという、その事が 私を反撥させるのだった。
☆
私は 彼らが自らを欺(あざむ)いていること、
そして彼らも 私と同様に、
生きている間は生き、手に入るものは何でも手に入るということの外に、
何ら生の意味を持ち合せない ということを はっきりと感じた。
私にそれが分ったのは、
もし欠乏や苦悩や死の恐怖がなくなるような意味を 彼らが摑(つ)かんでいるのなら、
彼らは そんなものは恐れなかったろうからである。
彼らは、我々仲間の信者達は、
ちょうど私と同じように、何不足なく、あり余った生活をし、
ますます富を増大 維持しようとつとめ、
欠乏と 苦悩と 死とを恐れ、
そして 私や全ての我々不信者仲間と同様に
もろもろの情慾(じょうよく)を満たし、
不信者に較(くら)べてもっと邪悪な と言えなくとも、
同じくらい邪悪な生活を送っているのだった。
☆
どんな理窟も、彼らの信仰の真実性を 私に確信させることは出来なかった。
私にとって恐ろしい貧困、疾病、死が、
彼らにとって恐ろしくなくなるような、
そんな人生の意味が彼らの所にあることを示す如(ごと)き実践のみが、
私を首肯(しゅこう=納得し、賛成すること)させたであろう。
然しこうした実践を、
私は これら我々仲間のいろいろな型の信者達の間に見出すことがなかった。
反対に 私はそうした実践を、
我々仲間でも 最も不信仰な人々の間に見出したほどで、
我々の仲間 いわゆる信仰者達の間には、まるで見出すことがなかった。
☆
そこで私は、これらの人々の信仰は、
私が探し求めているところの信仰ではないということ、
また彼らの信仰は どだい信仰ではなく、
人生における単なる一個の快楽主義的慰安にすぎぬ ということを悟った。
私はまた、この信仰は多分、臨終の床で悔い改めているソロモンにとって、
慰安とまで行かなくても、若干の気晴らしには役立つかもしれないが、
然し他人の労苦を利用して 自分は面白おかしく暮すという運命になく、
自ら生を造り出さねばならない莫大な人類の大部分にとっては、
何の役にも立ち得ないことが分った。
Исповедь A Confession
Лeв Никола́евич Толсто́й Leo Tolstoy 遠くを見つめて Vision is the art of seeing the invisible.
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10-2 全人類が生きることの出来たかげに--真の信仰が存在
全人類が生きることの出来たかげには、
全人類が生活に意味を附与しながら それを続けて来たことのかげには、
---これら幾十億の人々の許(もと)に もっと違った、
真実の信仰認識があるはずである。
そもそも 私やソロモンやショーペンハウエルが自殺しなかったということ、
それが私に 信仰の実在を肯定させたのでなく、
これら幾十億の人達が生きて来たし 生きており、
私やソロモンのような人達を、己れの生の波間にただよわせた、
ということが そうさせたのではないか。
☆
そこで私は 貧しく素朴で 無学な人々の中の信仰家
---巡礼、修道僧、異端派、農民 といった人達に接近し始めた。
民衆出身のこれらの人々の信仰も、
我々仲間の偽信仰家と同様に 基督教の信仰だった。
彼らの場合もまた、基督教の真理に非常に多くの迷信が混入されていたが、
ただ 次のような違いがあった。
即(すなわ)ち、我々仲間の信仰家には 迷信など全然必要でなく、
それが彼らの生活と編み合わされておらず、
ただ 彼らなりの快楽主義的 気慰(きなぐさ)めにすぎないのに、
労働階級の信仰家の場合は、
それが彼らの生活と しっかり編み合されていて、
そうした迷信のない彼らの生活は 想像することも出来ない
---つまり 迷信が その生活の不可欠の条件だったのである。
我々仲間の信仰家の全生活は、 彼らの信仰への背反(はいはん)だったが、
信仰し、そして額(ひたい)に汗する人々の 全生活は、
その生の意味を附与する信仰認識の確証だった。
そこで私は、これらの人々の生活と信仰を見詰め始め、
見詰めれば見詰めるほど、
彼らには 真の信仰が存在するということ、
彼らの信仰は 彼らに不可欠のもので、
それのみが 彼らに生の意味を与えているのだということを確信した。
☆
信仰のない生活が可能で、
千人の中 一人も自分を信仰家と認める者がいるかいないかの
我々仲間の中で見たものと反対に、
彼らの中には 千人の信仰者の中に
一人の不信仰者が いるかいない程度だった。
全生活が 遊惰(ゆうだ)と安逸(あんいつ)と、生への不満のうちに過ぎて行く
我々仲間の中で見たものと反対に、
これらの人々の全生活は 苦しい労働に明け暮れ、
しかも彼らは その生活に 満足しているのだ。
我々仲間の人達が、欠乏や苦悩の運命に反抗し、
それに憤慨(ふんがい=ひどく腹を立てること)するのに反して、
これらの人々は 病いや悲しみを
ちっとも不思議と思わず、あらがいもせず、
それらを全て善であるという静かな鞏固(きょうこ)な信念をもって
受け容れるのだった。
我々が 賢ければ賢いほど、 ますます生の意味が理解出来ず、
自分達が苦しんだり 死んだりする事に
何か 意地の悪い嘲笑を感ずるのに反して、
それらの人々は 生き、苦しみ、死に近づき、
しかも平静に、何よりもしばしば喜びをもって苦しみに耐えているのだった。
全人類が生活に意味を附与しながら それを続けて来たことのかげには、
---これら幾十億の人々の許(もと)に もっと違った、
真実の信仰認識があるはずである。
そもそも 私やソロモンやショーペンハウエルが自殺しなかったということ、
それが私に 信仰の実在を肯定させたのでなく、
これら幾十億の人達が生きて来たし 生きており、
私やソロモンのような人達を、己れの生の波間にただよわせた、
ということが そうさせたのではないか。
☆
そこで私は 貧しく素朴で 無学な人々の中の信仰家
---巡礼、修道僧、異端派、農民 といった人達に接近し始めた。
民衆出身のこれらの人々の信仰も、
我々仲間の偽信仰家と同様に 基督教の信仰だった。
彼らの場合もまた、基督教の真理に非常に多くの迷信が混入されていたが、
ただ 次のような違いがあった。
即(すなわ)ち、我々仲間の信仰家には 迷信など全然必要でなく、
それが彼らの生活と編み合わされておらず、
ただ 彼らなりの快楽主義的 気慰(きなぐさ)めにすぎないのに、
労働階級の信仰家の場合は、
それが彼らの生活と しっかり編み合されていて、
そうした迷信のない彼らの生活は 想像することも出来ない
---つまり 迷信が その生活の不可欠の条件だったのである。
我々仲間の信仰家の全生活は、 彼らの信仰への背反(はいはん)だったが、
信仰し、そして額(ひたい)に汗する人々の 全生活は、
その生の意味を附与する信仰認識の確証だった。
そこで私は、これらの人々の生活と信仰を見詰め始め、
見詰めれば見詰めるほど、
彼らには 真の信仰が存在するということ、
彼らの信仰は 彼らに不可欠のもので、
それのみが 彼らに生の意味を与えているのだということを確信した。
☆
信仰のない生活が可能で、
千人の中 一人も自分を信仰家と認める者がいるかいないかの
我々仲間の中で見たものと反対に、
彼らの中には 千人の信仰者の中に
一人の不信仰者が いるかいない程度だった。
全生活が 遊惰(ゆうだ)と安逸(あんいつ)と、生への不満のうちに過ぎて行く
我々仲間の中で見たものと反対に、
これらの人々の全生活は 苦しい労働に明け暮れ、
しかも彼らは その生活に 満足しているのだ。
我々仲間の人達が、欠乏や苦悩の運命に反抗し、
それに憤慨(ふんがい=ひどく腹を立てること)するのに反して、
これらの人々は 病いや悲しみを
ちっとも不思議と思わず、あらがいもせず、
それらを全て善であるという静かな鞏固(きょうこ)な信念をもって
受け容れるのだった。
我々が 賢ければ賢いほど、 ますます生の意味が理解出来ず、
自分達が苦しんだり 死んだりする事に
何か 意地の悪い嘲笑を感ずるのに反して、
それらの人々は 生き、苦しみ、死に近づき、
しかも平静に、何よりもしばしば喜びをもって苦しみに耐えているのだった。
10-3 生きて行くのが容易になって来た
我々の仲間においては、
静かな死、恐怖も絶望もない死 というものは、
それこそ稀(まれ)な例外であるのに反して、
民衆の間では、
静かでない、従順でない、喜ばしくない死の方こそ
非常に稀な 例外だった。
こうした人達、私やソロモンのような人にとっては
それのみが この世の幸福であるようなものを 何一つ与えられず、
しかも そこに最大の幸福を味わっている といった人達は、
---それこそ莫大な数にのぼった。
☆
私は 更に広く 自分の周囲を見廻した。
私は 過去及び現代の、非常に莫大な数の民衆の生活を眺めて見た。
そして そんな風に生の意味を悟った、
生き かつ 死するすべを弁(わきま)えた人々が、
2百万や 3百万や 千万でなく、
何億 何十億といることを知った。
そして彼ら、気質、智能、教養、境遇において千差万別(せんさばんべつ)の人々が
みんな一様に、私の無識(むしき=見識や知識のないこと)と反対に
生と死の意味を知り、静かに勤労し、困苦欠乏(こんくけつぼう)に堪え、
そこに虚無でなく 善を認めながら生き かつ死んで行ったのである。
☆
そこで私は こうした人々が好きになった。
私が彼らのうちの生きた人達の生活と、
それについて読んだり聞いたりしたところの、
今は亡き人達の生活を吟味(ぎんみ=念入りに調べること)すればするほど、
私は ますます彼らが好きになり、
私自身も生きて行くのが だんだん容易になって来た。
こうして 二年ばかりすごすうちに、私の中に 大転換が生じた。
それはもうずっと以前から私の中に用意されていたのであり、
その素質は かねがね私の中にあったものである。
つまり 我々仲間--- 富裕な、学問ある---の生活が
私にとって忌(い)まわしくなったばかりでなく、
すっかり意味を失ってしまうという事態が生じたのである。
あらゆる我々の活動、思索、学問、芸術
--- こうしたものが ことごとく私にとって今までと違った意味を帯びて来た。
私には およそそんなものは児戯(じぎ=幼稚なこと)にひとしく、
その中に意味を求めることなど出来はしない ということが分った。
生を創造して行くところの、全勤労大衆の、全人類の生活は、
私にとってその本来の意味を帯びて現れて来た。
そして私は、これこそまさに生活そのものであり、
この生活に与えられる意味こそ真理であると悟り、
その真理を受け容れたのである。
静かな死、恐怖も絶望もない死 というものは、
それこそ稀(まれ)な例外であるのに反して、
民衆の間では、
静かでない、従順でない、喜ばしくない死の方こそ
非常に稀な 例外だった。
こうした人達、私やソロモンのような人にとっては
それのみが この世の幸福であるようなものを 何一つ与えられず、
しかも そこに最大の幸福を味わっている といった人達は、
---それこそ莫大な数にのぼった。
☆
私は 更に広く 自分の周囲を見廻した。
私は 過去及び現代の、非常に莫大な数の民衆の生活を眺めて見た。
そして そんな風に生の意味を悟った、
生き かつ 死するすべを弁(わきま)えた人々が、
2百万や 3百万や 千万でなく、
何億 何十億といることを知った。
そして彼ら、気質、智能、教養、境遇において千差万別(せんさばんべつ)の人々が
みんな一様に、私の無識(むしき=見識や知識のないこと)と反対に
生と死の意味を知り、静かに勤労し、困苦欠乏(こんくけつぼう)に堪え、
そこに虚無でなく 善を認めながら生き かつ死んで行ったのである。
☆
そこで私は こうした人々が好きになった。
私が彼らのうちの生きた人達の生活と、
それについて読んだり聞いたりしたところの、
今は亡き人達の生活を吟味(ぎんみ=念入りに調べること)すればするほど、
私は ますます彼らが好きになり、
私自身も生きて行くのが だんだん容易になって来た。
こうして 二年ばかりすごすうちに、私の中に 大転換が生じた。
それはもうずっと以前から私の中に用意されていたのであり、
その素質は かねがね私の中にあったものである。
つまり 我々仲間--- 富裕な、学問ある---の生活が
私にとって忌(い)まわしくなったばかりでなく、
すっかり意味を失ってしまうという事態が生じたのである。
あらゆる我々の活動、思索、学問、芸術
--- こうしたものが ことごとく私にとって今までと違った意味を帯びて来た。
私には およそそんなものは児戯(じぎ=幼稚なこと)にひとしく、
その中に意味を求めることなど出来はしない ということが分った。
生を創造して行くところの、全勤労大衆の、全人類の生活は、
私にとってその本来の意味を帯びて現れて来た。
そして私は、これこそまさに生活そのものであり、
この生活に与えられる意味こそ真理であると悟り、
その真理を受け容れたのである。
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